外国人への積極的な差別意識と日本人への消極的な仲間意識

差別と日本人

 先日、米東部ペンシルベニア州ピッツバーグのシナゴーグ(ユダヤ教会堂)で27日に銃撃事件が発生、11人が死亡した、というニュースを見て、血が煮えたぎるような感覚に襲われました。……ヘイト・クライム……。実にくだらない思想。寛容になりたいという精神をことごとく破壊する現象。イスラム世界を空爆し、それによって家族を失った者がテロリストと化しているのに、「ほら、見たことか! やっぱり奴らは糞テロリストだった」と、米国自らがテロリストを生む下地を作っていることに気づかない。いや、気づいているのに気づかない振りをしている。もし、今回のこのヘイト・クライムに対してユダヤ人が反撃すれば、「ほら、見たことか!」ってことになる。同じことだ。馬鹿だ。憎しみの連鎖だ。

 内線下のシリアで3年4ヵ月にわたり武装組織に拘束されていたフリー・ジャーナリストの安田純平さんが解放されました。安田さんを拘束したと思われるアルカイダ系のシリア解放機構(旧ヌスラ戦線)は拉致を否定、その上で「全ての記者の安全と自由な報道を保障する」と穏健的なイメージをアピールしました。日本政府は、かねてから身代金の支払いはテロ行為や外国人拉致を助長するとして、金銭による解放交渉はしない方針を貫いてきました。今回もそれを貫いたのでしょうか? 日本政府は身代金の支払いの事実を否定しています。一方、シリア人権監視団は、安田さん解放のために300万ドル(約3億3000万円)が支払われたと言っています。真実は闇の中です。

 海外と日本では拘束されていたジャーナリストに対する反応が真逆です。海外ではジャーナリストが帰国できるとヒーロー扱いされますが、日本だと「自己責任論」をかざされ、断罪されるのです。馬鹿の極みです。紛争地の状況を手放しで知ることができるのは、ジャーナリストが現地取材をしているからです。中東情勢は日本が国際社会で生きる上で必要なのです。先頭に立つ彼らがいるからこそ情報を精査でき、自分たちがこれから取るべき政策を練ることができるのです。

 紛争地帯の各国政府は、自分たちの悪行を覆い隠すためにプロパガンダを展開します。ジャーナリストはそれを暴き、真実を伝えようとします。もし、真実が世界に伝わらないのであれば、現地で苦しんでいる人々には「絶望」しかない。その「絶望」を微力ながらも変えるきっかけをジャーナリストは作ろうとする。自分たちがなんらかの不遇な状況に巻き込まれた時、誰もが無関心な状況を想像してみてください。そこにあるのは絶望でしょう。なのに、安田さんはバッシングをされた。これはかつての「イラク日本人人質事件(複数の人質事件の総称)」と同じです。2004年4月に3名が誘拐された事件です。「イラクの三馬鹿」と呼ばれた彼ら、苦しかったことでしょう。イラクで死の淵を彷徨っている人びとを救おうとしただけなのに。イラクの悲惨な現状を世界に伝えようとしただけなのに。そんな日本人たちなのに。

 自民党の柏村武昭という愚か者は言った、「そんな者のために血税を使うことは不快だ」と。なるほど、採算の取れない不必要なインフラ整備に税金を使うほうがいいのだろう。少なくとも人質にされた3人は、誰も動かなければ何も変わらないことを、人一倍理解していたはずだ。

差別と日本人②

 関東大震災発生後、デマによって多くの朝鮮人が虐殺されたことを歴史が証明しています。その追悼式をめぐっては、歴代知事が追悼文を送付してきましたが、小池百合子はそれをしなかった。それは都議会で「虐殺はなかった」と判断されたから。馬鹿馬鹿しい。これは、ヒトラーはユダヤ人を虐殺していない、という恐ろしくも頭の悪い奴らの意見と一緒です。小池が取りやめた背景には、独立を目指す朝鮮人活動家に対して日本人自警団が過敏になったために殺害したから、という歴史観があります。だから、「井戸に毒を入れた」などというデマによる虐殺はなかった、だから取りやめた、ということです。は? でも殺したんだよね? って話です。都議は認めているんです、「無関係の朝鮮人まで巻き添えになった」ということを。しかも、「井戸の毒」に関しても、先に示した「朝鮮人の暴動」に関しても、過去、政府は「デマ記事だ」と認めているのです。だから私は言っている、その殺した人々に対して哀悼の意を表していいじゃないか、と。

 糞ノンフィクション作家も、ここぞとばかりに「犠牲者数」を取り上げ、真実じゃないと言っています。どうでもいい。6000人だろうが1000人だろうが、100人だろうが50人だろうが、無実の人間が殺された、ってことに一切注意を向けない。そもそも、お前は真実の数字を把握できるのか? って話です。たとえお前が明確な数字を示せたとしても、それすらも予想の範疇だ。謝罪する気持ち、なぜそれが否定される? だったら、お前の娘、息子も殺されてみろ。

 ある人物は言いました。「日本が嫌なら出ていけ」と。そういう台詞を言う奴に限って、本当は何も聞いていなかったりするのです。勝手に話しを作り上げる。自分の都合のための。あるインタビュー記事で、在日朝鮮人の女性が言ってましたよ。「日本が嫌だなんて一言もいったことがないのに、なぜか言ったことになってる」と。

 みなさん、マスコミにも気をつけてください。踊らされていることもあるのです。知っていますか? 反日活動をしているのは、韓国の右翼なのです。一般の人たちは芸能情報に忙しく、政治のことなど興味がないのです。私たち日本人はそんな韓国の右翼の活動を見て、「韓国人は糞だ!」と言っているのです。画面の向こうには反日を叫ぶ輩たちがいる、だから韓国全体が反日だ、は心理トリックなのです。

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画像:https://matome.naver.jp/odai/2135754104809045601

差別と日本人③

 日本人はよく、「外国人に職を奪われる」と言います。そんな状況もあるでしょう。しかし疑問がある。では、日本人に職を奪われるのはいいのか? ってことだ。あなたは、明日食う飯にも困っているとする。そんな状況下でも外国人は非難し、日本人は非難しないとなるのか? と。もし非難するのであれば、肌の色なんか関係ない、ということになる。なぜなら、結局、自分が利益を確保できるか否か、それだけが問題だからだ。財布からお金を抜き取る日本人より、お金を投資してくれる外国人の方がいいのだ。つまりは、自分にメリットがある人間を選択する、ってことになる

 ただし、注意が必要だ。国益を考えることをなんでもかんでも差別に結びつけてはいけないということだ。世界では二重国籍は当たり前、だから二重国籍が認められない日本はおかしい……よく言われることです。でも、この情報だけで判断するのは「愚か者」だ。どう判断しようがその人の勝手ですが、でも、判断するなら少なからず確信を得る必要がある。先に挙げた情報のみでは、とても「確信を得た」とは言えない。

 例えば、日本が二重国籍を認めない理由として、兵役義務や納税義務が重なった場合に問題が生じる、適正な入国管理ができない、複数国での社会保障や経済活動の自由を享受でき、単一国籍者との格差が生じる、というものがあります。また、国籍を取得すると選挙権、被選挙権が与えられるということから、たとえば次のようなことが想像できます。もし、日本がどこかの国と敵対関係となった場合、二重国籍の人間が、敵対国側の政治的思想を優先したとして、それでも日本の選挙権・被選挙権をもつことができるのです。それって、どう考えてもおかしいですよね? そんなことにはならない、とは決して言えないのです。しかしながら実際問題、以上に挙げたリスクは殆どないと言われています。じゃあ、ここで終止符? 実際問題、リスクは殆どないから二重国籍を認めちゃう? とはならない。ここで判断してはいけない。じゃあ、本当にリスクはないのか? のデータが必要になる。で、もしデータがあり、本当にリスクがないとして、「やっぱり日本政府が言っていることはおかしかった。二重国籍を認めるべきだ」となるでしょうが、もうちょっと思考を延ばしてみてほしい。なぜなら、これまでリスクがなかったから、未来永劫リスクがない、とは言い切れないからです。まるで、どこまでも続く無限ループですが、そうやって情報を情報を情報を……と取り入れ、思考し、未来を考えることが大事なのです。なぜか? 冤罪者を生まないようにするためです。人間の短絡的な判断は簡単に冤罪者を生んでしまう、私は常にそれを肝に銘じています。で、どこかで確信を得られた時に、私がよく言う「選択」をしてほしいのです。結果、その選択は間違っているかもしれません。しかし、どのみち何を選択しても、結局答えは未来にならないとわからない。だからこそ後悔しないように、よーーーく考えてほしい。よーーーく考えて選択してほしい。

 日本政府が二重国籍を認めないことを、「差別」と単純に決めつけることに、私は抵抗があります。国籍を強要されるなら明らかな差別になるが、そこに強要はない。2つに1つを選択できる。それを二つとも欲しいという願いがある……当人たちにしてみたらそうでしょう。お父さんとお母さん、どちらを捨てる? みたいな感覚なのかもしれません。どちらも捨てられるわけがない。しかし、政治とは常に国民全体、国という究極のマクロ的視点で考えなければならない。個々人の状況すべてを考慮することは不可能。何事も前に進まない。しかし、だからといって個々人の苦境を見ないようにしろ、と言っているのではありません。それ相応の場合のみ考える、と言っているのです。例えばの話、もし国籍が権力によって強制されてしまう状況下にあれば、それは重要なミクロ的問題となる。しかし、現実には強制はない。国は「2つに1つを選びなさい」と言っているのだ。個々人は国のことなど考えるわけがない。でも国は国全体を考えなければならない。だから、個々人は自身の感情だけでなく(とんでもない差別をされているのであれば別)、国の立場も想像して物事を考えなければ、福島県の経済のことだけを考え、放射能のことを考えずに食べ物を勧める馬鹿どもと一緒になる。

 外国人受け入れ拡大に向けて、政府が来年4月の導入を目指しているのは、一定の技能水準と日本語力を身につけた外国人を対象にした在留資格「特定技能」です。それを「1号」、「2号」に分ける内容で、より熟練した2号には家族帯同や長期滞在が認められます(就労目的の在留資格は現在、大学教授や弁護士などの高度な専門人材に限定している)。期間経過後は更新制とし、回数には制限をつくらず、10年滞在すれば永住権の取得要件の一つを満たすことになります。そして、なし崩し的な外国人労働者の受け入れ拡大を防ぐための措置も設けます。人手不足が解消されたと判断すれば、それ以上の新たな受け入れを停止・中止するのです。

外国人労働者への人権侵害

 外国人労働者には4つの類型があります。

1、「日系人、日本人配偶者がいる」……定住許可あり、労働に制限なし
2、「留学生」……1週間28時間以内の労働
3、「技能実習生」……フルタイム労働
4、「専門的、技術的分野の在留許可者」……労働者の資格が法的に認められている

 1と4は何も問題がありません。問題なのは2と3です。まず、2の留学生は就労原則週28時間以内ですが、実際は厳密に守られてはいません。表向き、就労を目的としない在留資格をもつ外国人が、単純労働を担っているという現状があります。そして、一番問題なのが3の技能実習生なのです。彼らは使い捨て(奴隷労働)になっています。企業は、単純労働者は在留許可が認められないので、技能実習生(滞在期間3年、就労時間に制限はない)という形式で外国人労働者を確保しているのです(ところが、技能実習とは程遠い単純作業を課している)。

日本には外国人が駆け込むシェルター(避難所)があります。ここでの相談には次のような内容がありました。『外国人労働者をどう受け入れるか――「安い労働力」から「戦力」へ』(NHK取材班)を参照。

〇作業中の事故で骨折したにもかかわらず、放置され、治療さえ受けさせない。
〇休みがない。残業代が支払われない。雇用契約書を実習生に渡していないので、実習生が訴えても無意味。
〇給料が入らないので、家族に仕送りしていない。
〇時給300円。
〇毎日15時間労働、休日返上、月給5万。
〇連続30時間労働
〇セクハラ


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画像:https://diamond.jp/articles/-/174053 

 異常です。私のこの本を読んで心が苦しくなりました。

 日本の技能実習制度は外国人労働者を適正に処遇していないとして国際労働機関(ILO)から厳しく非難をされてきましたが、それでも改善されないのです。

 今のところ、移民なしでやっていく、という選択肢はないと言えるでしょう。日本の人口を維持するには、2030年までに出生率を2.07へ上昇させるとともに、毎年移民を20万人ずつ受け入れる必要があると試算されているからです。つまりは共生するしかないのです。一緒にやっていくしかないのです。
 それでも文化の違いや言語の違い、肌の色の違いで「強固な壁」を作り続けますか?

日本の農業の破壊

 農業関係者が「新政策」と呼んでいる、1992年の農林水産省の指針の背景にあったのは、ガット・ウルグアイ・ラウンドの貿易交渉でした。「一粒たりとも国内に入れない」としていたコメの市場開放に追い込まれたのです。

 コメの減反政策は1970年に始まりました。生産過剰を抑えるために政府が奨励金を出し、他の作物への転作を促しました。そして後年、その政策を段階的に解除していきました。

2014年……①10アール当たり1万5000円の補助金を半額 ②販売価格を下回った場合に払う変動補助金の廃止
2018年……全てをやめる

 全てをやめる、という背景にあるのは、農業の企業化と大規模化です。自由競争させようということです。もちろん、そうなれば中小農家は生き残れない。食料自給率はますます下がるのです。近年、各県が新ブランド米を次々と登場させている背景には、まさに減反政策の終了が関係しているのです。米あまりの影響で米価が下落しているのです。需要が低迷する中、高値が付く米がないと農家の経営は厳しさを増します。もちろん、産地間の競争は激しくなります。業務用のコメ価格が上がってるのは、農家が安い米を飼料用に使っているからです。その方が安定した収入になりますが、業務用が不足する事態と背中合わせです。ただし、長期的にみればコメ価格は下がるでしょう。そうすれば、生き残れないと判断した農家は離農することになります。

 昨年4月に廃止された「種子法」は衆参合わせてたったの12時間しか審議されませんでした。「種子法」とは、第二次世界大戦末期、コメの全てを食用に回さなければならなくなり、種を取れず、食糧難に陥ったことの反省からきたものです。もう二度と種が途絶えて人々が飢えることのないように――そういう思いがありました。各都道府県はその土地の気候風土にあった品種を定め、それぞれの種子を安く農家に提供し続けてきました。つまり、

国(地方公共団体)が「原原種」を生産
↓↓↓
これを増産する。「原種」になる
↓↓↓
特定の種子農家で増やされ、販売される

 という構図です。ちなみに、野菜の種は30年前までは100%国産でしたが、現在は9割が外国産になっています

 種子法を廃止したのは、国が民間の開発意欲を阻害していたから、というのです。つまりは、市場原理に任せる、という判断なのです。国の生命維持であるはずの種子をどこの誰だかわからない利己心べっとりお金が大好き民間人に任せるというのです民間企業の第一原理は「儲け」です。つまり、儲けがなければどうすると思いますか? って話なのです。生命維持に関しては、たとえ税金が使われようが、絶対に国が管理しないと駄目なのです。市場原理は確かに良い物を生み出す力がありますが(良い物を生み出さないと淘汰されてしまうから)、国民に対しての責任はありません。選挙で選ばれた人じゃありませんから。だから市場原理に不具合が出た時に、国民など無視した行動に出ることが予想できます(もちろん、国にも堕落はあるが)。

 種子法廃止によって海外の大資本が参入し、日本の主食が市場原理に左右されることになりました。どこが躍り出てくるでしょうか? ドイツの医薬・農薬大手「バイエル」かもしれません。米国の農業・種子メーカー大手「モンサント」を660億ドル(約6兆8000億円)で買収したことで、農薬や種子関連の分野で圧倒的なシェアを持ちました。

 モンサタン(悪魔のモンサント)と揶揄されてきたモンサント。毒性が指摘される除草剤「ラウンドアップ」、危険性が指摘される「遺伝子組み換え(GM)種子」。末期がんを患った(ラウンドアップが原因)男性から訴えられたモンサント。結果、モンサントは男性に対して2億9000万ドル(約320億円)の損害賠償を支払わなければならなくなった。元を辿れば、研究費はロックフェラー財団が出した。恐ろしい企業です。

 さて、日本はどういう未来を描くのでしょう。

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